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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)1716号 判決 1970年1月17日

主文

被告人大賀正を懲役八年に、被告人大原輝美を懲役三年に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれもいわゆる暴力団である旧大野会(昭和四〇年解散)系松山会(会長松山健一)の組員であるが、被告人らとその兄貴分にあたる川田哲男は、ほか一名とともに、昭和四四年三月一一日午前二時ごろ、大阪市港区市岡二丁目一番三一号スナック喫茶南禅(経営者山口久子)方で飲酒中、かねてから酒癖が悪くすでに同店で飲酒酩酊していた同じく旧大野会系大西組組長大西宇三郎(当時三八歳)から、執拗にからまれて侮辱されたうえ、松山会会長松山健一、もと川田哲男や被告人大原の親分であった前川正三、その他旧大野会の幹部達について散々悪口を言われたので、ひどく立腹し、大西とはげしく口論するに至った。そうするうちに、川田哲男に命ぜられて同人宅まで手帳を取りに行った被告人大賀は、大西がその配下の若い者を呼び寄せて喧嘩となる場合に備え、川田哲男宅から刺身庖丁一丁を持ち出して喫茶店南禅に戻ったところ、川田哲男からこれを発見されて取り上げられたが、さらにすきを見て同店調理場からひそかに菜切庖丁を取り出して携えているうちに、同日午前三時ごろ、大西から「使い走りは、そこをのけ」と面罵されたのに激昂し、とっさに殺意をもって、刃渡り約三〇センチメートルの右菜切庖丁で同人の頸部を一回突き刺し、その際右庖丁の先端が折れたが、同人が頸部から血をほとばしらせながら、なおも立ち向って来ようとしたので、続いて数回同人の頭部等を右菜切庖丁で切りつけた。これを見た被告人大原は、とっさに被告人大賀に加勢して大西に攻撃を加えようと決意し、その結果同人が死亡するに至るかもしれないが、それもやむを得ないと考え、ここに被告人両名は、意思を相通じ、被告人大賀がさらに右菜切庖丁で大西を切りつけようとしているところに、被告人大原が大西に体当りしてこれを倒し(その除被告人大賀の右庖丁は、大西にはあたらず、被告人大原の手に触れて傷害を惹起した)、起き上ろうとする同人の頭部をその場にあったウイスキー角瓶で一回殴打し、丸椅子(円型、四本脚、枠および脚部は金属製、ビニール張り)を同人に投げつけると、同人がその椅子を持とうとしたので、さらに別の丸椅子で同人の頭部を数回殴打した。その間、被告人大賀は、前記の如く右菜切庖丁が折れたため、さきに川田哲男から取り上げられ同人の上衣の内ポケット内に納められていた前記刺身庖丁をとっさに抜き取り、これで大西に攻撃を加えようとしたが、同人がすでにぐったりとなったため、これを使用するに至らなかった。そして、その結果、同人に対し、被告人大賀の右暴行により右側頸部刺創、頭部刺切創、手部切創を、被告人大原の右暴行により頭部打撲傷を負わせ、右右側頸部刺創による外頸動脈切断によって惹起された大出血に基づく失血の結果、同日午前五時二二分大阪市港区市岡一丁目二七番二号小川病院において、同人を死亡させるに至ったが、被告人大原の介入後の被告人らの行為は、右死亡に影響を及ぼさなかったものである。

(証拠)≪省略≫

(累犯前科)

被告人大原輝美は、昭和四一年七月二日大阪地方裁判所で窃盗罪により懲役二年に処せられ、昭和四三年五月二日右刑の執行を受け終ったもので、右事実は同被告人に対する前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人大賀正の判示行為は、刑法一九九条に(被告人大原の介入後の被告人大賀の犯行は、被告人大原の殺人未遂罪と同法六〇条の共同正犯の関係に立つが、被告人大賀については、殺人既遂罪に吸収されて殺人既遂罪の一罪が成立する)、被告人大原輝美の判示所為は、同法六〇条、二〇三条、一九九条に該当するので所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、被告人大原輝美には前示前科があるから、同法五六条一項、五七条により同法一四条の制限内で再犯の加重をし、それぞれその刑期の範囲内で、被告人大賀正を懲役八年に、被告人大原輝美を懲役三年に処し、被告人らに対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中各二〇〇日をそれぞれその刑に算入する。

(当事者の主張に対する判断)

(一)  被告人両名およびその各弁護人は、被告人両名にいずれも殺意がなかった旨主張するが、

(1)  被告人大賀が犯行に使用した用器、その用法、同被告人の犯行によって生じた傷害の部位程度、犯行の動機および犯行の態様、ことに同被告人が、判示の如く、前記菜切庖丁で大西を突き刺し或いは同人に切りつけた後、右庖丁が折れたため、被告人大原において判示暴行を加えている間に、さらに川田哲男の上衣内ポケット内から前記刺身庖丁を抜き取り、これをもって大西に攻撃を加えようとした事実その他前掲各証拠によれば、同被告人が殺意をもって判示犯行に及んだ事実を認めるに十分である。

(2)  つぎに、被告人大原は、判示の如く、被告人大賀が、同被告人に突き刺され頭部から鮮血を噴出させながらなおも立ち向ってくる大西を切りつけているのを目撃し、同被告人に加勢して大西に対し判示暴行を加えるに至ったのであって、その暴行じたいはとくに強度のものとは言い難いが(松倉豊治作成の鑑定書によれば、頭蓋骨各部ならびに頭腔内および脳各部に損傷等の異常を認めない)、流血にまみれた大西がぐったりとなるまで暴行を加えており、さらに犯行の動機、被告人大原自身検察官に対し、大西が死亡しても構わぬという気持であった旨供述していること、その他前示各証拠に徴すれば、同被告人も未必的殺意を有し、同被告人が判示の如く大西に体当りをした際には、被告人両名の間に殺人の共同犯行についての意思の連絡が生じていた(被告人大原の介入後の被告人らの行為は本件死亡の結果と無関係ではあるが)事実を認めることができる。

(二)  弁護人香月不二夫は、被告人両名が本件犯行当時心神耗弱の状態にあった旨主張し、前示各証拠によれば、被告人らが本件犯行前多量のビールを飲用していた事実を認めることができるが、右各証拠によって認められる本件犯行およびその前後における被告人らの具体的行動、被告人らの犯行についての供述の内容等によれば、被告人らが本件犯行当時、是非善悪を弁別する能力またはその弁別に従って行動する能力の著しく減退した状態になかった事実を認めることができるので同弁護人の右主張はこれを採用しない。

(三)  また、同弁護人は、被告人大原の行為は緊急避難ないし過剰避難にあたる旨主張するが、判示認定事実によれば、同被告人の行為は自己または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危難を避けるための避難行為でないことが明らかであるから、右弁護人の主張もこれを採用しない。

(四)  検察官は、本件はいわゆる承継的共同正犯であって、被告人大原についても殺人既遂罪が成立すると主張する。しかしながら、先行者によって犯罪の実行行為が開始された後、中途から、後行者が共同犯行の意思の連絡なしい共謀のもとにこれに介入した場合、後行者が先行行為を認識し或いはこれを利用する意思を有していたとしても、後行者に先行行為についての責任を負担せしめるべきではなく、介入後の行為についてのみ共同正犯の責任を負わしめるべきものと解するのが相当である。もっとも単純一罪の主張、介入後の行為が当該犯罪構成要件を充足するものであれば、いずれにしても当該犯罪の共同正犯が成立するのであるから、先行行為を含めて行為の全体について共同正犯の成立を認めても格別の不都合は生じない。しかし、単純一罪であっても本件の如く、被告人大賀の先行行為によってのみ死亡の結果が発生し、被告人大原の介入後の被告人らの行為が、殺人罪の構成要件には該当するが、客観的に先行行為による因果関係の経過に影響を及ぼしておらず、結果の発生に無関係である場合には、かような見解をとることは許されない。従って、本件の場合、後行者である被告人大原は、被告人大賀の先行行為による殺人既遂罪の責任を負わず、介入後の行為について殺人未遂の共同正犯の責任を負うにすぎないものといわなければならない。そして、被告人大賀は、被告人大原の介入後の犯行について同被告人の殺人未遂罪と共同正犯の関係に立つが、これが殺人既遂罪に吸収され、被告人大賀については殺人既遂罪のみが成立することは前記のとおりである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 松本朝光 最上侃二)

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